自分の言葉で、愛を語れ -三宅香帆『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』

 『推し、燃ゆ。』(宇佐見りん)、『推しの子』(赤坂アカ・横槍メンゴ)、「#教えて推しライフ」(NHK『あさイチ』)。ここ数年で「推し」という言葉は一気に市民権を得た。この記事を読んでいるあなたにも「推し」がいるのかもしれない。かく言う私にも、Music Videoを1回観ただけで感極まるほどに大好きな「推し」がいる。尊いこの存在の魅力を他の人にも伝えたい、と思う。

 しかし「推し」を語ることは案外難しい。そもそも「推す」という感情は主観的なものだ。ファン界隈の外に推しの魅力を伝えようとするならば、客観的な言葉で語る必要がある。どうすれば主観的な「やばい!」を他者にも伝わるように言語化できるのか。この難題の解き方を優しく教えてくれるのが、三宅香帆『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない -自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年)である。

 著者は若手の書評家である。他の著作に、サブカルチャーにおける「女の子」の描かれ方から社会構造を分析する『女の子の謎を解く』(笠間書院、2021年)、古典の名作を「カップリング」の視点から読み解く『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』(河出書房新社、2022年)などがある。近年流行したマンガから1000年前の古典文学まで、様々な物語の読み方・語り方を世に伝え続けている文筆家だ。

 そしてこの本のテーマは「推し語り」の文章論である。著者は推しの素晴らしさを語る方法論を、マインドセットから言葉遣いの工夫に至るまで、親しみやすい文体で具体的に伝えてくれる。

 この本はいわば、大人のための「読書感想文」入門書だ。

 「読書感想文」というと、子どもの頃、夏休みの終盤に私たちを苦しめていた「あれ」を思い出す。なぜ読書感想文はやっかいな宿題なのか。書き方を教わっていないのに、作文を書かなければいけないからである。

 なぜ学校は、その解き方を教えることなく、「読書感想文」の宿題を出すのか。
 著者はその背景に「『自分のありのままの感想を書けばそれがそのまま作文になるはず』という信仰」がある(page 17 of 223)と指摘する。

 著者は「書評家もとい(たぶん)読書感想文のプロ」(同)として次のように主張する。

 文章を書くことにも、技術が必要です。
 技術を駆使してこそ、いい感想文を書けるようになる。それは逆に言うと、「書く技術さえ理解すれば、いい感想や文章は書けるようになる」ということ。

(page 18 of 223)

 では、どんな技術が必要なのか。具体的な内容はこの本を開いて確認してほしい。この本で紹介される様々な技術を貫くキーワードは「自分の言葉」だ。自分だけの感情を、ありきたりな言い回しに頼らず、他者の言葉に振り回されず、しかし他者にも伝わるように、工夫して言語化する。

 そうして自分の言葉で推しを語ることは、人生を豊かにするというのだ。

 推しの魅力を伝えるのって、すごくすごく素敵なことです。自分の好きなものや人を語ることは、結果的に自分を語ることでもあります。

 冷静に自分の好みを言語化することで、自分についての理解も深まる。それでいて、他者について語っているのだから、自分じゃない他者にもベクトルが向いている。すると、他者の魅力や美点に気づく力も身につきます。

 せっかく出会えた好きなものや人について語ることは、自分の人生の素晴らしさについて語ることでもある。

(page 36 of 223)

 「同じ時代に生きられているだけで幸せ」と思えるくらい愛する推しがいるのなら、私たちはその尊さをもっと語ろう。やらされる宿題ではなく、自分の人生を豊かにする営みとして、「読書感想文」を書こう。この本を読むと、そんな意欲がわいてくる。

(藤崎 尊文)

   

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