何気なく聴いたあの曲について、少し深く考えてみる ースージー鈴木『平成Jポップと令和歌謡』

 一昨年の流行語を覚えているだろうか。

 私たちはコンテンツ過多の時代に生きている。ニュース、ドラマ、アニメ、漫画、小説、音楽、ゲーム等々。日々供給されるものすべてに追いつくことなど到底不可能である。幸運にも接することのできた数少ないものさえ、深く味わう暇もない。忙しい毎日のなかで、私たちは忙しくコンテンツを消費している。一昨年の流行語など、覚えている人の方が珍しいだろう。

 「ヒット曲」も、私たちがそうして日々消費するコンテンツのひとつだ。メディアや街角で偶然耳にし、なんとなく好きになり、気づいたらよく聴くようになっている。そして立ち止まって深く考えることもなく、次に聴くものへと指と耳が動いていく。

 しかし、そうした数多の「ヒット曲」について、「プロ・リスナー」もとい音楽評論家の視点に立って考えてみると、新たな視界が開けるのではないか。スージー鈴木『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社、2021年)は、そんな読書体験を与えてくれる一冊である。

 この本は、著者が『東京スポーツ』紙にて手がけた連載「オジサンに贈るヒット曲講座」を書籍化したものである。連載の趣旨は「最新ヒット曲を毎週1曲取り上げて、東スポの読者である中高年男性層に解説」(p.2)する、というものだ。1曲(記事)あたりの分量はコンパクトなものの、1つの記事を読むごとに、ヒット曲への見方が変わっていく。軽妙な文体と簡潔な文章の中に専門性を織り込む、著者の筆力が見事である。

 例えば「作曲家・鬼龍院翔の才能と知識に驚く」という記事がある。この記事で取り上げている曲は、人気バンド・ゴールデンボンバーの楽曲である。

 ゴールデンボンバー(金爆)と聞いて思いつくものといえば、カラオケの定番曲『女々しくて』と、音楽番組やライブ等での「おふざけ」だろう。そうしたコミカルなイメージが強いこの集団を、著者は正面から音楽バンドとして論じている。

 さらに褒めれば、金爆は、今唯一、歌謡曲をやっているユニットだと思う。ここでの「歌謡曲」は、音楽ジャンルというより、一億人を相手にするという精神論である。NHK『紅白歌合戦』でのパフォーマンスにも、ある種の使命感に裏打ちされた真摯さを感じる。
 単なるコミックバンドと矮小化して捉えず、彼らの音と精神論に真摯に向き合うべきだと思う。

(p.27)

 鬼龍院翔は『超! 簡単なステージ論 -舞台に上がるすべての人が使える72の大ワザ/小ワザ/反則ワザ』(リットーミュージック、2023年)という本を出している。彼(ら)のステージは、エンターテイナーとしての哲学に基づき理知的に創られたものだったのだ。

 スージー鈴木は『平成Jポップと令和歌謡』の末尾でこう述べている。

 年季の入ったいくつもの評価ハードルを、鮮やかに・軽やかに乗り越えた曲だけが、ようやっと褒められるものとなる。各年のベストテンに残ったすべての曲は、あらためて今聴いても、そんなハードルを超えてきた凄みを感じる。

(p.395)

 ヒット曲には理由がある。ある曲が愛される背景には、その曲を生み出した創り手の才があり、その曲を求める人々の気分がある。目次で目に留まった曲だけでも、その曲が愛された理由に思いを馳せることをお勧めしたい。読書の醍醐味とは、他者の視点に立って、新たな視界を得ることにあるのだから。

(藤崎 尊文)

   

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