涼味愛滋郎の寝言【第1話:思い込みのハードルを下げて思考の枠組を拡げる】

 人は無意識バイアスが働くことで自分が無意識に発した言葉や態度で相手を傷付けたりストレスを与えたりする事がある。また、相手に対する偏見で勝手に人格を決めつけてしまう事がある。これは自分自身が「思い込み」や「決めつけ」を持っていることで多角的にモノを見る力を阻んでいるのかもしれない。

 人間ドックなどの健康診査では、事前に「必ずお読みください」と書かれたガイドラインを受診者全員に渡す。ガイドラインには食事や服薬など前日からの生活における注意事項が詳細に記されている。そして、特に大事な部分は太字や赤字、波線で強調されている。これは健診の信頼性と安全性を担保するためのものである。受診者がこの約束を守ってくれれば誤診や無駄な検査を回避できる。健診スタッフは受診者がガイドラインを読んで約束を守ってくれると信じて検査を案内する。ガイドラインはいわば「守って当然」と決められている内容である。

 ところが実際の現場では、その「当然」は覆されることが度々ある。

 呉間さん(仮名)は50代の大柄な男性。午後からスタートする胃カメラ検査の前に「腹が減ったから」という理由で、検診前にも関わらずしっかり食事を摂ってきた。本日の検査はできないと、受付は丁重に断ったが「折角仕事を休んできたのだから絶対検査がしたい」と主張。何やらワーワー騒いでいる。館内に響き渡るような声量。威圧的な人という印象を受けた。私たちは厄介な人が来たねと目配せをしながら、呉間さんへの状況説明や医師や検査室に電話をかけて時間調整などの対応に追われた。

 呉間さんへの対応をしていて私は、呉間さんがガイドラインに書いてあったことを事前に読んでこなかった、あるいは呉間さんがガイドラインの内容を理解できなかったのか、そこに疑問を感じた。そして改めて「必ずお読みください」を読み返してみた。どれも正しいこと、大事なことだらけだ。でも情報が多すぎて一読しただけでは頭に入ってこない。体裁は字間が狭く、ゴシック体の太字はつぶれて読みづらかった。

 次の日、無事に胃カメラを終えた呉間さんに「すみません、検査説明で読みづらいところがありましたね」と声をかけた。すると「一応読んだが、久しぶりの人間ドックでどうしたらいいのかわからなくなって。こちらこそごめんなさい。」と申し訳なさそうな声で言ってきた。事情を詳しく伺うと、久々の人間ドックのため過度に緊張したことや、ガイドラインの内容を十分理解してなかったことが分かった。直接会話したことで呉間さんに同調でき、同時に自分が呉間さんに無意識バイアスを持って接していたことに気付いた。人は見た目や第一印象で他人を判断しがちだが、そうではない面が見えるとこちら側のハードルを下げることができる。そして、視界を良くしたところで相手の奥行きが浮かび上がってくる。

 理解が曖昧だと自分自身に都合良く解釈してしまいがちだ。だからこそ丁寧で親切な文章表現が求められる。こちら側が「当然」と思っているハードルを下げて、視界を良くした文章の伝え方は、受け取る側の不安やミスリードを最小限に抑えることができるのだ。

 (涼味 愛滋郎)

   

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